王子

王笏

遅きに失したといっても過言ではないだろう。 まさに私のためにあつらえられた王笏*1を手にした。 どうして今までこれが我が宮殿になかったのか。 これはゆゆしき問題であるが、この新しき王笏の到着という晴れがましさに免じて今回は不問にいたすところであ…

棒の引力

棒というのは実に強力に魅惑的ではないか。 その引力たるや、私の鋼の如き理性をもってしてもあらがえるものではない。 いわんや心弱き下々の民となれば、いかほどに棒の魔力に屈しているのかと思うと心配でならない。 棒は振ってよし、舐ってよし*1、そして…

冬の妖精

まるで11月のような鈍色の空である*1。 急に寒くなってきた。 地上の全てを統べるのが我が王国の責務なのであるが、この急な晩秋の訪れに関してはまだ承認をしていないように思うのだが、いったいこれはどうしたことであろうか。 久々に我が宮殿に備え付けら…

美味を求め

私が民の王子ならば、それは果実の王子と呼ぶにふさわしい。 言わずと知れたバナナのことである。 私も好んで食している。 食していた、というべきか。 どのように好ましいものも、ある時ふとその美味について懐疑の念を抱いてしまうことはないだろうか。 バ…

その手に輝くは

王族の心と秋の空。 常に泰然自若として迷える民の北極星として生きることを義務付けられたやんごとなき私のような者も、秋の空を眺めながら、たまには典雅なほどに軽やかな心変わりを見せることもまた雅なことである、という意味のことわざである。 先日ま…

永遠

私はかりそめよりも永遠を好む。 風が吹き波が寄せれば消える浜辺の砂絵にも風情はあるが、王族たるものより確固とした足跡をそこかしこに刻むことこそ重要であり、それこそが即ち歴史である。 それこそが、当世そして未来において、我が王国に生まれ死んで…

民の希望

ばあやが私に向かってよく言うことがある。 あなた様は民の希望である、と。 当然のことであり、周知の事実なのであるが、重要なことなので繰り返し復唱するというのも大切なことである。 ばあやはこう続ける。 私めがあなた様の御幸にしたがっておりますと…

甘露

我が鼻孔より湧き出ずる泉よ*1。 汲めども尽きぬ、不死の泉よ。 それは時に、この秋の空に吹き渡る風のように澄み渡り、 あるいは、今はまだ遠き春の萌える緑を思わせる色味を見せる。 この泉が湧くとき、我が眼前に開かれしは甘露*2への道。 何処より来たり…

白き悪魔の館・再来

熱くたぎる我が血潮のごとく湧き出でる泉。 生命が生まれた原始の海もかくや。 昨日よりまた私の気高き鼻孔から聖なる液体があふれ出るようになった。 夏過ぎて実に気持ちのいい季節になってから度々見られる奇蹟である。 昨晩などは、ほぼ宗教的熱狂といっ…

自由の代償

乗物を替えることにした。 輝く私にさらなる輝きを与えんと降り注ぐ夏の日差しを遮ることもできる優美な乗物*1から、ただ一騎、荒野を駆ける高貴なる白馬の如き乗物*2へと乗り換えることにしたのだ。 私は、やはりやんごとないため、ばあやの手厚い警護を甘…

カップの中の嵐

聞きたくはないか、小鳥のさえずりを。 堅牢なる鉄壁のセキュリティを誇る我が宮殿。 一歩その外に出れば我が王室の祝福を受けためくるめくメガロポリスと生命が躍動する大自然の渾然一体となったコラボレーションが展開するのだが*1、宮殿の中は静寂にして…

手綱

ご存知の通り、我が宮殿にはドラゴン*1が住んでいる。 高貴な人間が下等な動物を手ずから御するのははばかられるという伝統的な考え方があったため、これまではドラゴンの扱いに関してはもっぱらばあやにまかせていた。 私はあくまでばあやが操っているドラ…

愛の配分

この地上の99%以上の土地を実効支配しており*1、かつ、その徳たるや天上天下知らぬ者なしといわれる我が王国であるため、私などはいかにも普段から多くの民とふれあい祝福を与えているのではないかと思われているが、意外にも接する機会のある人間は少ない。…

秋とはかように気持ちよき季節であるか。 いくら御幸しても意識が宇宙と一体化することもない*1。 王子の証たる冠*2の中が水浸しになることもない。 永遠に我が民に、そしてこの踏みしめる大地に祝福を与え続けられる心持ちになる。 しかし、件の邪なる風*3…

白き悪魔

夏過ぎぬ、今朝は目が覚めた時から何か様子がおかしかった。 くしゃみが何度も出たため通常以上の神の加護が私に降り注ぐことになり*1、あまつさえ、我が鼻は泉となりて美しき清水を湧かせたのであった。 そしてさらにおかしいことが続いた。 公の園への御幸…

我が国の主要な産業の一つに語り部を国外に派遣するというものがあり、これによって外貨を獲得している*1。 ほぼ毎日のように朝になると宮殿の門を開け荒涼とした大地を踏みしめて出発するわけであるが、畏れ多くも私が自らそれを見送るというのがいつのころ…

王子の地位

遠き国や海の果て、カレーの国を知っているだろうか。 カレーの国には歴史のロマンが薫るカレーの港があると聞く。 そしてカレーの国にはカレーの王子*1なる者がおり、カレーの市民からの人望を集めているとも聞く。 同じ王子としてほほえましく感じている。…

討伐

語り部の周辺がきな臭い。 火のないところに煙は立たぬのだ。 反乱の芽は早めに摘んでおくに限る。 私が麦茶を浴びるように飲んだり*1、下々の者には想像もつかぬ高尚な事案で煩悶したりしている*2ときなどに、雷鳴のごとき怒声を上げるようになったのである…

誘惑

半人半鳥の海の怪物・セイレーン。 その歌声に惑わされた海の男たちの行く末にあるものはただ一つ、死であったという。 大昔、まだあまりに未熟であった人間たちが抱いていた海への畏怖の念の表象のひとつであるのだろう。 それから幾星霜、人間は進歩した。…

世界を映す小箱

ばあやが始終覗き込んでいる魔法の小箱*1がある。 黒曜石の質感を持ち、指で触れれば世界が見える。 ばあやが私の世話をするのを怠り、世界を手中にする妄想に耽溺してしまう気持ちもわからぬではないが、残念ながら世界は、事実、私のものである。 ばあやは…

民とのチャネル

分割して統治せよ。 統治する者が念頭に置いておくべきメソッドの一つであろう。 しかし、その方策を統治する者に対して巧妙に仕掛けてくるとはいかがなものであろうか。 謀反の香りがする。 近頃、ばあやは私がテレビジョンの民と直接に触れ合う機会を巧妙…

慈しみの心

我が宮殿内には、決して恵まれた出自ではないがこれを読んでいる下々の皆さんと等しく希望ある未来をもった子供たちが養われている*1。 私ももちろん帝王学の一環としてノブレス・オブリージュといった行動規範を理解しているが、私の彼らへの愛着はそれより…

熱狂

まだまだ暑い日が続いている。 私が宮殿の中で一番早くに目覚め*1、怠惰なるばあやをしてカーテンを開けさせしめた時に見えるその爽やかな青空には毎朝のことながら感嘆の声を発することを禁じ得ない。 よく晴れた日の焼きつけるような空気を切り裂いて、私…

兼用

私のような立場の者は食事に銀のさじを使うことが通例だと思うが、私は主に手を用いて食べる。 香しき絹の糸をまとう豆*1などももちろん手で食べ、興が乗ってくるとその手を自らの顔や頭にやり、芳香を身にまとうことも好んでいる。 ばあやにもその祝福を分…

兵の動かし方

我が国では王族が軍の最高指揮権を握っているので、私も帝王学の一環として軍の動かし方や戦の作法を日々学んでいる。 近頃は戦闘車両*1を使った進軍の方法を習得しているところである。 神の見えざる手、そして王子の見える手と、やんごとない手のツートッ…

刺激が過ぎる

先日、スーペルメルカートに視察に行った時の話である。 王国内のことは全て熟知しているはずの私がまだ目にしたことのない豪奢な乗物があった。 ポケットに収まる大きさをした黄色いモンスター*1の彫像があしらわれているものである*2。 なぜ今まで私はこれ…

反乱の兆し

大事に至る前に、小さな異変を見逃さない。 これが統治するものの心構えである。 世俗の表現でいうところのヒヤリハット、か。 最近ばあやの挙動に問いただすべき点が散見される。 それは私よりも美味なるものを食している場面が見られるということだ。 厨房…

職人の朝は早い

やんごとなき身の上でも、その体を動かし手を動かして仕事をすることがある。 かのロシア皇帝ピョートル1世も船大工の仕事をしていたなどという逸話が残っている。 私も彼にならうというわけではないが、国力の増強および己自身の実権のさらなる確立のために…

時をかける王子

私はこの世の全てを統べるので、当然のことながら時間もコントロールすることができる。 特に時間をコントロールする必要がある場面というのは、言わずと知れたことだが、朝である。 私の身辺警護を兼ねて私の寝室にばあやと語り部をはべらせて大殿籠ってい…

フレームの向こうの民

おそらく天の太陽が照りつける日々が続いているからであろう。 地上の太陽である私の輝きもますますその勢いを増している今日この頃である。 テレビを通して私に謁見を求めてくるテレビジョンの民が最近とみに私の顔(かんばせ)に歓喜し、興奮の歓声をあげ…